NORSE · STORY
ロキの口論――エーギルの宴の騒動
海の巨人エーギルの館の宴に、追い出されたロキが戻ってくる。席を求めたロキは、神々と女神たちに次々と悪口を浴びせ、最後に現れたトールの槌の脅しの前で、ようやく館を去る。『古エッダ』の「ロキの口論」。
エーギルの宴
海の巨人エーギル(ギュミルとも呼ばれる)は、神々のために酒を醸した。大釜が手に入ったからである(物語「トールとヒュミルの大釜」)。
宴には多くの神々が集まった。オーディンと妻のフリッグ、トールの妻シヴ、詩の神ブラギとその妻イズン。フェンリルに片手を噛み切られたテュール、ニョルズと妻のスカジ、フレイとフレイヤ、オーディンの息子ヴィーザル。ロキもいた。フレイの召使のビュグヴィルとベイラも来ていた。ほかにも多くの神々とエルフが集まっていた。ただトールだけは、東へ旅に出ていて来ていなかった。
エーギルには、フィマフェングとエルディルという二人の召使がいた。館では、灯りのかわりに輝く金が光り、酒はひとりでに運ばれてきた。宴は穏やかだった。客たちは、エーギルの召使たちの手際をしきりにほめた。
ロキは、それががまんならなかった。ロキはフィマフェングを殺した。神々は盾を打ち鳴らしてロキをどなりつけ、森へ追い払った。そして、また飲みはじめた。
戻ってきたロキ
ロキは引き返してきて、館の外でエルディルに出会った。中の神々は何を話しているのか、とロキは尋ねた。
エルディルは答えた。武器のこと、戦いでの力のことを話している。ここに集まった神々とエルフのなかに、おまえの味方は一人もいない。
ロキは言った。わたしはエーギルの館に入って、宴を見てやる。神々に禍と憎しみを運び、蜜酒に毒を混ぜてやるのだ。
エルディルは言った。悪口や意地悪を神々に浴びせるつもりなら、それが自分に返ってこないよう、よく考えるがいい。
ロキが館に入っていくと、そこにいた者たちは、誰が来たのかを見て、みな黙りこんだ。
席を求める
ロキは言った。わたしロプトは、長い旅をしてのどが渇いてこの館に来た。誰か、よい蜜酒を一杯くれないか。なぜ黙りこくって座っている。席を用意するか、出て行けと言うか、どちらかにしろ。
詩の神ブラギが答えた。神々がおまえのために席を用意することは、もうない。神々は、自分たちの宴にどんな者を招きたいかを、よく知っている。
ロキはオーディンに向かって言った。オーディンよ、昔のことを覚えているか。わたしたちは互いの血を混ぜ合わせた。そのときあなたは、二人ともに注がれるのでなければ酒は飲まないと約束したはずだ。
オーディンは言った。ヴィーザルよ、立って、狼の父に席を空けてやれ。ロキがエーギルの館で悪口を言いださないように。
ヴィーザルが立ってロキに酒を注いだ。ロキは飲む前に、神々に向かって言った。神々に乾杯、女神たちに乾杯、聖なる皆に乾杯。ただし、あそこの長椅子に座っているブラギだけは別だ。
次々に浴びせられる悪口
ブラギは言った。わたしの宝から馬と剣を、それに腕輪もやろう。だから神々のあいだに憎しみを起こさないでくれ。
ロキは言い返した。おまえは馬にも腕輪にも決して恵まれまい。ここにいる神々とエルフのなかで、おまえは戦いでいちばん臆病だ。
ブラギは、ここが館の中でなければ、おまえの首を手にさげて持ち去るところだ、と怒った。ロキは、座っているときだけ勇ましい、腹が立つなら外へ出て戦え、とあざけった。
イズンが夫をなだめ、ロキに悪口を言わないよう頼むと、ロキはイズンにも矛先を向けた。ゲフィオンが二人を止めようとすると、ゲフィオンも責められた。
オーディンが、ゲフィオンの怒りを買うのは愚かだ、彼女は自分と同じくすべての運命を知っている、と言うと、ロキはオーディンに向かった。あなたは人間の戦いの勝ち負けを正しく決めない。ふさわしくない者に、劣った者に、しばしば勝利を与えてきた、と。オーディンはロキの過去の恥を言い返し、ロキもまたオーディンの恥を言い返した。
フリッグが、昔のことは人前で話すものではないと二人をいさめると、ロキはフリッグも責めた。フリッグが、ここにバルドルのような息子がいたなら、おまえは無事に出られなかっただろうと言うと、ロキは言った。バルドルが二度と馬で館へ帰ってこないのは、わたしのせいなのだ。
フレイヤ、ニョルズ、テュール、フレイ、ビュグヴィル、ヘイムダル――口を開いた者はみな、ロキに言い返された。テュールには、フェンリルがおまえの右手を引き裂いたことを話してやろうか、と言った。テュールは、わたしは手を失ったが、おまえは狼を失った、その狼は神々の滅びの時まで縛られて待つのだ、と答えた。フレイが、おまえもすぐに縛られるだろうと言うと、ロキは、おまえはギュミルの娘を金で買い、そのために剣を手放した、だからムスペルの子らが攻めてくるとき、おまえには武器がない、と言い返した。
スカジは言った。ロキよ、おまえが自由に尾を振っていられるのも長くはない。神々は、おまえの凍えた息子の腸で、おまえを岩に縛りつけるだろう。ロキは答えた。たとえそうなっても、スィアチを捕らえたあの戦いでは、わたしが先頭にいたのだ。
トールの妻シヴは、ロキに歩み寄って水晶の杯に古い蜜酒を注ぎ、こう言った。せめてわたしだけは、神々のなかで咎のない者だと認めてほしい。ロキは杯を飲みほしたが、シヴのことも認めなかった。
フレイの召使ベイラが言った。山々が揺れている。きっとトールが家から来るのだ。神々と人をそろって悪く言っている者を、トールが黙らせるだろう。
トールの四度の脅し
トールが現れて言った。卑怯者め、黙れ。さもないと、力ある槌ミョルニルが、おまえの口を閉じるぞ。肩から首を切り離して、命を奪ってやる。
ロキは言い返した。大地の息子が来たか。なぜそんなに大声で脅す。狼がオーディンを呑みこむとき、おまえはそれほど勇ましく狼と戦いはしないだろう。
トールは同じように黙れと言い、おまえを東の空高く放り投げて、二度と人の目に触れないようにしてやると脅した。ロキは、東へ旅したときに、手袋の親指の中に隠れて、自分がトールだということを忘れていたくせに、と言い返した。
トールは三度目に、フルングニルを倒したこの槌で骨という骨を砕いてやると脅した。ロキは、スクリューミルの食べ物袋の紐をほどけず、腹をすかせていたくせに、と答えた(物語「トールのウトガルザ・ロキ訪問――勝てなかった技比べ」)。
トールは四度目に、ヘルへ、死の門へ送ってやると脅した。
ロキは言った。神々と神々の子らには、思っていたことを言ってやった。だが、あなたの前でだけは出ていこう。あなたは確かによく戦うからな。
そして最後に、エーギルに向かって言った。おまえは酒を醸したが、もうこんな宴を開くことはできない。この館にあるおまえの持ち物すべてを炎がなめつくし、おまえの背も焼かれるだろう。
その後
写本は、このあとのことを散文で短く伝えている。ロキはフラーナングの滝に鮭の姿で隠れたが、神々に捕らえられた。ロキは息子の腸で縛られ、もう一人の息子は狼に変えられた。スカジは毒蛇をロキの顔の上に留めた。ロキの妻シギュンが杯で毒を受けとめたが、杯がいっぱいになって捨てに行くあいだ、毒はロキの顔に落ちた。ロキが激しく身もだえすると大地が揺れた。これが地震と呼ばれるものだという。
出典について:本稿は『古エッダ』の「ロキの口論」(ロカセンナ)に基づく再話です(英訳は H・A・ベロウズ訳、1923年)。詩はほとんどが台詞で、宴の始まりと終わりは写本の散文が補っています。神々に向けたロキの非難の多くは、ほかの資料で確かめられない言い立てで、本稿はそれを事実としては扱っていません。詳しい内容の多くは要約し、相手の名と非難の向きだけを示しました。末尾の散文は、ロキを縛った息子をヴァーリ、狼に変えられた息子をナルヴィと呼んでいます。ロキが捕らえられる話は『散文のエッダ』「ギュルヴィたぶらかし」第50章にもあり、物語「ロキの捕縛と罰」で別に扱います。
出典・資料
- 『古エッダ』Bellows訳・神々の歌と英雄詩 — 作品別の詩名・節を本文制作時に特定する
