ENCYCLOPEDIA · 北欧神話
ギュルヴィたぶらかし
Gylfaginning
『散文のエッダ』の第一部。ガングレリと名のった王ギュルヴィが、三人の語り手との問答で、世界の始まりから終わりまでの神話を聞く。
『散文のエッダ』の第一部
「ギュルヴィたぶらかし」は、スノッリ・ストゥルルソンの作とされる『散文のエッダ』の第一部である。題名は「ギュルヴィの欺かれ」という意味で、写本の中ではウプサラ写本だけが、序の終わりにこの名を記している。
北欧をはじめとするゲルマンの神々を広く扱った中世の論書は、ほかに例がない。ここにしか残っていない神話も多い。
ギュルヴィ王の旅
物語は、スウェーデンを治めるギュルヴィ王から始まる。王は、楽しませてくれた礼に旅の女へ土地を与えた。ところが女はアース神族の一族のゲフィオンで、四頭の牛に鋤を引かせ、その土地を海へと引き出してしまった。(この冒頭の話は、ウプサラ写本にはない。)
賢く魔術にも通じたギュルヴィは、アース神族の思いどおりに物事が運ぶのは、彼ら自身の力によるのか、それとも彼らの崇める神々の力によるのかを知りたいと考えた。そこで老人に姿を変え、ひそかにアースガルズへ向かった。しかしアース神族は先を見通す力でその旅を知り、目をくらます仕掛けを用意して待っていた。
ギュルヴィは、金の盾で屋根を葺いた、見上げるほど高い館にたどり着いた。名を尋ねられると、彼は「ガングレリ」と名のった。
三人の語り手
館の中には上下に重なる三つの高座があり、三人の男が座っていた。案内の者によれば、いちばん下の座の王がハール(高き者)、その次がヤヴンハール(等しく高き者)、いちばん上がスリジ(第三の者)である。ハールは、ガングレリのほうが賢くなければ、無事にここを出ることはできないと告げた。
こうして、ガングレリが問い、三人がかわるがわる答える問答が始まる。最初の問いは、神々のうちで最も上に立つ者、あるいは最も古い者は誰かというもので、話はそこから世界の始まりへと進んでいく。
三人の名は、『古エッダ』の詩「グリームニルの言葉」にオーディンの呼び名として出てくる。そのため、三人をオーディンが姿を分けたものとみる見方がある。ただし、ガングレリという名も同じ詩でオーディンの呼び名とされており、三人が誰なのかははっきりとは決められない。三人をオーディンとみる場合も、それは神話の中の神ではなく、「序」で語られる、北へ移ってきた人間の王としてのオーディンだとする考え方がある。また、この枠となる物語そのものは、スノッリが作ったものと考えられている。
問答で語られる神話
問答は、世界の始まりから、神々の黄昏(ラグナロク)による世界の終わり、そしてその後の再生までを、おおむね順を追ってたどる。その間に、神々や女神たちの紹介、狼フェンリルの捕縛、トールとウトガルザ・ロキの話、バルドルの死、ロキの罰などが語られる。
このサイトの物語「ギンヌンガガプ――世界が生まれる前」「原初の巨人ユミルと牝牛アウズフムラ」「オーディンが片目を失った伝承」も、この問答の一部をもとにしている。
館が消える結末
世界の終わりと再生まで語り終えると、ハールは、これ以上問われても、答えがどこから来るのか自分には分からないと言った。そのときガングレリのまわりで大きな音が響き、気がつくと彼は野原に立っていた。館も城も、どこにも見えなかった。ギュルヴィは自分の国へ帰り、見聞きしたことを語った。その話は人から人へと伝えられていった。
版によっては、このあとに、アース神族が語った話の名を自分たちの中の人や場所に付け、後の世の人々に、話の中の神々と自分たちとが同じだと思わせた、という一節が続く。ウプサラ写本では、第一部の最後の段落の終わりの部分も欠けている。題名の「たぶらかし」は、ギュルヴィが最後にだまされることを指すとともに、こうした欺きにも関わると考えられている。
神話を知る資料として
全体の筋は『古エッダ』の詩「巫女の予言」に沿っていて、「ヴァフスルーズニルの言葉」や「グリームニルの言葉」もよく用いられ、本文にはしばしば詩句が引かれる。引かれた詩句には、現存する写本と大きく異なるものや、今は失われた詩からのものもある。一方で、トールとウトガルザ・ロキの話のように、何をもとにしたのか分かっていない話も多い。
スノッリはキリスト教徒で、古い神話を信仰としてではなく、昔からの伝えとして書き残した。まとまりのない伝承だったと考えられるものを一つの筋に整え、キリスト教の考え方に沿って並べたところもある。たとえば、善き者と悪しき者がたどり着く場所の描写を、「巫女の予言」とは違って、世界の終わりのあとに置いている。そのため、異教の時代の人々が実際に何を信じていたかを知る手がかりとして読むときには、注意が必要とされる。
登場する物語
関連する事典項目
出典
- スノッリ・ストゥルルソン『散文のエッダ』「ギュルヴィたぶらかし」
- 原題
- Gylfaginning
- 該当箇所
- 作品全体。記事ごとの章節は制作記録で特定する
- 参照訳
- Arthur Gilchrist Brodeur, The Prose Edda (1916)
2026-10-28、収録計画のため目次と一部本文を確認。全記事の本文照合済みを意味しない。既存の章別出典レコードは変更しない。
- A・G・ブロデュール訳『散文のエッダ』訳者序論
- 原題
- The Prose Edda, Introduction
- 該当箇所
- 序論(底本 pp. ix–xxii)。スノッリの生涯と著作、写本、作品の四つの部分と目的、「エッダ」の名
- 参照訳
- Arthur Gilchrist Brodeur, The Prose Edda (1916)
1916年の訳者による解説で、作品の構成と成立の説明に用いる。写本の数え方などは後年の研究(フォークス校訂版の序論)と異なる箇所があり、その場合は両者を区別して扱う。
- アンソニー・フォークス校訂『スノッリ・ストゥルルソン エッダ 序とギュルヴィたぶらかし』序論 http://www.vsnrweb-publications.org.uk/Edda-1.pdf
- 原題
- Snorri Sturluson, Edda: Prologue and Gylfaginning, ed. Anthony Faulkes, Introduction
- 該当箇所
- 序論(pp. xi–xxviii)。あらすじ、作者、題名、エッダの内容、典拠と手本、写本
- 参照訳
- Anthony Faulkes (ed.), 2nd ed., Viking Society for Northern Research, University College London (2005)
古ノルド語テキストの校訂版。序論(英語)を、作者・成立・写本・資料としての扱いに関する研究の説明として参照した。本文の古ノルド語テキストは照合していない。発行元が無償で公開しているPDF(2026-10-28時点、httpsでは接続できずhttpで取得)。
