NORSE · STORY
オーディンが片目を失った伝承
知恵の泉の水を飲むため、自分の片目を担保として差し出したオーディン。『散文のエッダ』「ギュルヴィたぶらかし」と『古エッダ』「巫女の予言」からたどる伝承。
知恵を秘めた泉
北欧神話には、**ユグドラシル**という巨大なトネリコの木がある。その枝は世界中に広がり、天よりも高くそびえていた。木を支える三本の根も、大きく広がっていた。
そのうち一本の根は、巨人の一族である霜の巨人たちの住む方へ伸びていた。
その根の下にあるのが、**ミーミルの泉**である。泉の水には、知恵と知識が秘められていた。
泉の番人はミーミルという者だった。ミーミルはギャラルホルンという角(つの)で泉の水を飲んでいたので、古い知恵に満ちていた。
片目を担保に
あるとき、神々の長オーディンが泉にやって来た。原典ではここで「万物の父」と呼ばれている。オーディンは、泉の水を一口飲ませてほしいと求めた。
しかし、その願いはすぐにはかなわなかった。オーディンは自分の片目を担保として差し出して、ようやく水を飲むことができた。
泉に隠された眼
オーディンの眼の話は、「巫女の予言」という詩にも出てくる。予言の力をもつ女性(巫女)が、世界の始まりから終わりまでを語る詩である。
その中で巫女は、オーディンに向かってこう告げる。あなたが眼をどこに隠したか、私は知っている。それは名高いミーミルの泉の中だ。そしてミーミルは毎朝、オーディンの担保から蜜酒(はちみつから造る酒)を飲んでいる、と。
「担保から蜜酒を飲む」とは、少し分かりにくい言い方である。直前で眼が泉の中にあると言っているので、この「担保」は、泉に預けられたオーディンの眼を指すと考えられる。ただ、眼から酒を飲むとはどういうことなのか、眼を杯のように使うのか、眼の沈んだ泉から飲むという意味なのかを、詩は説明していない。短い詩の言葉だけでは、はっきりした答えは出せない。
また、「ギュルヴィたぶらかし」ではミーミルが飲むのは泉の水だが、「巫女の予言」では蜜酒と言われている。『ギュルヴィたぶらかし』の同じ章は「巫女の予言」のこの箇所を引用している。水と蜜酒の表現が並ぶものの、別々の出来事を語っているとは限らない。
この伝承を伝える文献
泉の水を求めて片目を担保にしたという話の流れは、主に「ギュルヴィたぶらかし」に書かれている。これは、13世紀のアイスランドの詩人・歴史家スノッリ・ストゥルルソンが著したとされる『散文のエッダ』の一部である。北欧の神々や世界の成り立ちを、問答の形で説明している。
ただし「ギュルヴィたぶらかし」は、オーディンとミーミルがどんな言葉を交わしたのか、どちらの眼を、どのようにして差し出したのかまでは述べていない。
「巫女の予言」は、作者の分からない詩を集めた『古エッダ』に収められている。この詩は、オーディンの眼がミーミルの泉にあることを伝えているが、眼を差し出すまでのいきさつを物語として語ってはいない。また、詩がいつ作られたのかははっきりしておらず、写本によって節の数え方や構成にも違いがある。
この伝承をどう読むか
片目と引き換えに知恵を求める姿からは、「知識を得るには代償が伴う」という読み方もできる。ただし、これは物語から導かれる解釈であり、原典がその教訓をはっきり述べているわけではない。
また、片目と引き換えにオーディンが具体的にどんな知恵や力を得たのかは、この二つの箇所だけからは分からない。
編集注:本稿は上記原典の該当箇所を踏まえた現代日本語の再話です。現代訳の文章を転載したものではありません。英訳と関係する古ノルド語の箇所を照合しましたが、主要な記述の出典照合を完了しています。
出典・資料
- スノッリ・ストゥルルソン『散文のエッダ』「ギュルヴィたぶらかし」第15章 — 世界樹の根・ミーミルの泉・オーディンの眼の担保
- 『古エッダ』「巫女の予言」オーディンの眼に関する節 — オーディンの眼がミーミルの泉にあると巫女が告げる箇所