NORSE · STORY
ギンヌンガガプ――世界が生まれる前
大地も空もなかった時代。冷たい世界と燃えさかる世界のあいだに広がる深い空間から、北欧神話の創世が始まる。
大地も空もなかったころ
砂も、海も、冷たい波もなかった。大地も、その上の天もなかった。
草はどこにも生えていない。あるのは、大きく口を開けた空間だけだった。
北欧神話に伝わる古い詩「巫女の予言」は、世界が形を得る前のありさまを、このように歌っている。
この空間が**ギンヌンガガプ**である。世界が作られる前から広がっていた、深い裂け目のような場所だ。
北の冷たい世界、南の熱い世界
北欧神話の創世をくわしく語る『散文のエッダ』によれば、ギンヌンガガプの北と南には、それぞれ別の世界があった。
北にあったのは、霧と寒さの世界**ニヴルヘイムである。大地が形づくられるよりずっと前にできたとされ、その中ほどにはフヴェルゲルミル**という泉があって、いくつもの川が流れ出していた。
南にあったのは、燃えさかる世界**ムスペル**である。この本では、こちらが最初にあった世界だと語られる。明るく熱い炎の地で、そこに住む者でなければ通り抜けることができない。
その地の果てには、燃える剣を持つ**スルト**が座り、国を守っている。世界の終わりのとき、スルトは攻め出て神々を打ち負かし、世界を火で焼き尽くすという。
北の寒さと南の熱さ。そのあいだに、ギンヌンガガプが広がっていた。
氷と火が出会うとき
北から流れてくる川には、毒が混じっていた。川の流れは源から遠く離れるうちに固まり、氷になった。毒から立ちのぼったしぶきは凍って霜となり、霜の上にさらに霜が重なって、ギンヌンガガプの中まで広がっていった。
こうしてギンヌンガガプの北側は、重い氷と霜で埋まった。南側は、ムスペルから飛んでくる火の粉や燃えるかたまりに照らされていた。
北からは寒さが、南からは熱さが押し寄せる。そのあいだのギンヌンガガプの中ほどは、風のない空のようにおだやかだった。
やがて熱い息吹が霜に触れ、霜は解けてしたたり落ちた。熱を送ったものの力によって、そのしずくに命が宿り、人の姿となった。
これが巨人**ユミル**である。のちに現れる霜の巨人の一族は、このユミルから出たとされる。
ここから始まる物語
まだ人間はおらず、私たちが知る大地もできていない。
それでも、北の霜と南の熱が出会ったところに、最初の命が生まれた。
物語はこのあと、ユミルと牝牛アウズフムラ、そして神々による世界の創造へと続いていく。
出典について:本稿は『散文のエッダ』「ギュルヴィたぶらかし」第4〜5章と、同書が引用する『古エッダ』「巫女の予言」の詩節に基づく再話です。逐語訳ではなく、原典にない登場人物の会話は加えていません。編集長による文章の校了は済んでいますが、原典との独立監査はまだ行っていません。
出典・資料
- 『散文のエッダ』「ギュルヴィたぶらかし」第4〜5章 — 世界の始まり、ニヴルヘイム、ムスペル、ギンヌンガガプ、ユミルの誕生
- 『古エッダ』「巫女の予言」冒頭・世界創造以前の節 — 海も大地も空もない時代、ギンヌンガガプ