NORSE · STORY
オーディンの言葉と旅人の心得――「高き者の言葉」
客として家を訪ねるときの用心、酒の飲み方、友と贈り物、ほどほどの知恵、そして決して死なない名声。『古エッダ』の「高き者の言葉」は、オーディンの言葉として伝わる生きるための忠告と、神自身の苦い恋の体験談を語る。
高き者の言葉
『古エッダ』の「高き者の言葉」(ハーヴァマール)は、物語というより、生きるための忠告を集めた詩である。「高き者」とはオーディンのことで、忠告はみなオーディンの口から語られる形をとっている。
英訳者ベロウズによれば、この詩は一度に作られたものではない。オーディンの言葉として古くから伝えられた格言と忠告の集まりを中心に、オーディンが恋に破れた話、詩の蜜酒を手に入れた話、ルーンを得た話と十八の歌などが、あとからつなぎ合わされたと考えられている。ここでは、前半の忠告と、オーディン自身の二つの体験談を読んでいく。
門をくぐる前に
人の家の門をくぐる前には、あたりをよく見回せ。座敷のどこに敵が潜んでいるか、分からないのだから。
客がやって来たら、もてなす人に幸いあれ。凍えた膝で寒い外から来た者には、火が要る。山を越えてきた旅人には、食べ物と衣服が要る。宴に来た者には、水と手ぬぐいと、歓迎の言葉が要る。
遠くを旅する者には分別が要る。家にいれば何ごともたやすい。自分の賢さを自慢せず、胸にしまっておけ。黙っている賢い人に、災いが降りかかることはめったにない。賢い客は宴で黙って座り、耳で聞き、目で見る。
酒はほどほどに
遠い旅に持っていく荷として、知恵にまさるものはない。見知らぬ道では富よりも役に立ち、悲しみのときには逃げ場になる。そして旅の弁当として、酒の飲みすぎほど悪いものはない。飲めば飲むほど、人は自分の心を制せなくなる。
詩のなかで、オーディン自身がこう打ち明ける。酒の上には忘却の鳥がとまって、人の心を盗む。わたしはグンロズの家で、その鳥の羽に縛られた。賢いフィャラルのもとで、すっかり酔いつぶれた。いちばんよい飲み方は、自分の分別を持ったまま家へ帰ってくることだ。
蜜酒を避けることはない。だが、ほどほどに飲め。
長居をせず、家をもて
客は、いつまでも同じ所にとどまらず、やがて去るべきだ。人の家の炉端にあまり長く座っていれば、好意も嫌気に変わる。
小屋であっても、自分の家がいちばんよい。家では誰もが主人である。山羊が二頭、つぎはぎの屋根でも、物乞いよりはずっとましだ。食べ物を乞わなければならない者の心は、血を流している。
野にいるときは、武器から一歩も離れてはならない。遠い道の上で、いつ槍が要るか分からないのだから。
友と贈り物
友どうしは、武器や衣服を贈り合って、互いを喜ばせるがいい。贈り物を交わす者どうしの友情が、いちばん長く続く。友には友であれ。贈り物には贈り物で報いよ。
心から信じられる友がいるなら、その人と心を通わせ、贈り物をし、たびたび訪ねていけ。
若いころ、わたしはひとりで旅をし、道に迷った。連れができたとき、わたしは豊かになった気がした。人は人の喜びである。大きなものを与える必要はない。半分のパンと、半分を満たした杯で、わたしは確かな友を得た。
ほどほどの知恵
人は、ほどほどの知恵をもつべきだ。けれども、知りすぎてはならない。知恵があまりに大きくなった者の心は、めったに楽しむことがない。自分の行く手の運命は、前もって見ないほうがいい。そのほうが、悲しみからいちばん自由でいられる。
自分の思いは一人には話してもいい。だが二人には用心せよ。三人が知っていることは、誰もが知っている。
決して死なないもの
生きているほうが、屍になるよりよい。生きている者は牛を手に入れる。足の悪い者は馬に乗り、手のない者は家畜の番をし、耳の聞こえない者も戦いでは勇敢になれる。目の見えない者でも、焼かれてしまった者よりはまさっている。屍からは何のよいことも生まれない。
富は、まばたきのように速く去っていく。
家畜は死に、親族も死に、自分もまた死ぬ。けれども、よい名声を得た者の名は、決して死なない。死んだ者の行いの名声だけは、決して死なない。
女と男の偽り
詩はまた、女の誓いや言葉を信じるなと言う。けれどもすぐあとで、語り手はこう認める。両方を知る者として、はっきり言おう。男もまた、女に偽る。いちばん美しく語るとき、いちばん偽って考えているのだ、と。
ビッリングの娘
そのうえでオーディンは、自分の苦い恋の話をする。
わたしは葦の中に座って、恋する人を長いあいだ待った。命のように愛した賢い乙女だったが、わたしは彼女を得られなかった。
ある日、わたしはビッリングの娘が寝床にいるのを見つけた。太陽のように輝いて眠っていた。娘は言った。オーディン、夕方にまた来て。女を手に入れたいのなら。わたしたちのほかの誰かに、こんなことを知られてはまずいから。
わたしは喜びを期待して急いで立ち去り、賢い分別などかまわなかった。夜になってまた行ってみると、戦士たちがみな起きていて、燃える灯りと振りかざす松明で、わたしは不運な道を知らされた。朝になってもう一度行くと、皆は眠っていたが、娘の寝床には犬が一匹縛りつけてあった。
わたしは、ずる賢い乙女から嘲りを受けただけで、何も得られなかった。
グンロズの蜜酒
もう一つは、詩の蜜酒の話である。
わたしは年老いた巨人スットゥングを訪ね、いまこうして帰ってきた。黙っていては何も得られなかった。望みを果たすために、巨人の館でたくさんの言葉を語った。
ラティ(錐)の口が、岩をかじって通り道をあけてくれた。上にも下にも巨人の道が走っていた。わたしは頭を賭けるような危険を冒したのだ。
グンロズは金の椅子に座るわたしに、驚くべき蜜酒を飲ませてくれた。その勇ましい心に、わたしはつらい報いを残してしまった。あの善い乙女グンロズが助けてくれなかったら、わたしは巨人の国から帰ってこられなかっただろう。
翌日、霜の巨人たちがオーディンの館にやって来て、ボルヴェルクのことを尋ねた。ボルヴェルクは神々のもとへ戻ったのか、それともスットゥングに殺されたのか。
オーディンは腕輪にかけて誓いを立てたのだと思う。そんな者の誓いを、これから誰が信じるだろう。オーディンはスットゥングを欺いて蜜酒を奪い、グンロズを嘆きのなかに残したのである。
出典について:本稿は『古エッダ』の「高き者の言葉」(ハーヴァマール)1〜110節から、主な忠告と二つの体験談を選んで再話したものです(英訳は H・A・ベロウズ訳、1923年)。忠告の節は数が多く、本稿ではおおむね詩の順に一部だけを取り上げました。「ボルヴェルク」はオーディンが巨人のもとで使った名前です。詩の蜜酒の話は、『散文のエッダ』「詩語法」にも詳しく語られています(物語「詩の蜜酒――クヴァシルの血とオーディンの獲物」)。この詩がいつ、どのような社会で作られたかは、訳者も確定できないとしています。ルーンを得た話と十八の歌は、物語「風の木に吊られたオーディン――ルーンと十八の歌」で読めます。
出典・資料
- 『古エッダ』Bellows訳・神々の歌と英雄詩 — 作品別の詩名・節を本文制作時に特定する
